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本の紹介

『細胞生物物理学者への道 -井上信也自伝-』
著:井上信也 訳:馬渕一誠,谷知己,佐瀬一郎 青土社刊
[定価:本体2200円+税 発売日2017年6月23日 ISBN978-4-7917-6999-5]

吉澤 徹(NPO法人 三次元工学会)

 国際生物学賞(日本学術振興会,2003)などをはじめとする数々の栄誉ある賞を受けておられる井上信也先生は1921年1月5日にロンドンでお生まれになられ現在96歳である。先生は1944年に東京大学理学部動物学科を卒業され,米国ボストン近郊の海洋生物学研究所(MBL)を中心に研究生活を送られており,生物学者および顕微鏡学者として国際的に知名度が高い。本書は井上先生の自伝である“Pathways of a Cell Biologist Through Yet Another Eye”(2016, Springer)の日本語版である。先生のあまたの学術的成果についてはすでに多くの方がたが述べておられ,またここで井上先生の業績を繰り返して記すには紙幅が足りないので,本書352ページに記されている天皇陛下のおことばから,「博士は細胞がいかにして分裂するかを理解するため,画期的な光学顕微鏡技術を次々と開発」された,とだけを引用させていただく。特にシンヤスコープとして知られる偏光顕微鏡を開発し,紡錘体が実在の構造であることを証明し,さらに動的な観察を可能とされた。その学術的な研究開発のプロセスとご苦労について本書では専門の研究者以外にも理解できるように懇切に記されている。本書のタイトルは『細胞生物物理学者への道 -井上信也自伝-』となっているが,英語版にある微妙な表現の副題「もう一つの目で見た世界観」(302ページによる)は日本語版では用いられていない。実はこのサブタイトルが示唆するように,本書は他者による時系列に並べられた出来事を中心とした伝記ではなくて,ご自身の手による自伝であって,研究のみではなく,ある意味では赤裸々にご自身のこれまでを人生を振り返っておられる。したがって,必ずしも時間軸に沿ってこれまでの人生を記述した物語としてだけではなく,極めて率直に,過去を振り返って述べられた内容が,科学者としての生き方のみならず,研究をどのように進めるべきかという示唆を含めての物語となっている。その中には多くのエピソードがちりばめられており,ご高名な先生からは想像もつかないようないたずらや赤裸々な行動も記されている。一つの例としては海水採取に女子学生を含む仲間とともに出掛けて「みんなで月夜に素っ裸で海に入った」,それを警官に見とがめられた,などという文字通り赤裸々なエピソードも紹介されている。
 当然ながら研究者として先生に関する記述が中心となってはいるが,読み終えて,あらためて本書に書かれた内容を「別の目で読み返してみるならば」,意識してかせざるでないかは定かではないといえども,実はなんともしたたかな構成内容となっていることに気づく。それはある意味では楽屋落ちであったりもする。本書の冒頭から,武蔵高校時代からの師である團勝磨(発生生物学者,元・東京都立大学総長)が”ケイティー”として登場しているが,この愛称は普通には女性につけられるので,いくらご自身が戯れにつけたニックネイムとはいえ,あぜんとさえする。また,英語版の冒頭に納められている下村脩先生(MBLにおける井上先生の34年来の同僚であり2008年ノーベル化学賞受賞者)の手になる序文は大変に興味ある内容であって,例えば「自分にとってノーベル賞は名誉であり,またこの序文をしたためることはもう一つの名誉である」旨が記されている。ただしこうした個所など一部の内容は日本語版序文には含まれていない。もし下村先生の序文に関心を持たれる場合にはネット上で頑張って検索して読むことは不可能ではないが,やや問題がありそうにも思われるのであえてURLを示すことは控える。
 こうしたことを踏まえて本書を読むならば,瑕疵を探すというよりは深読みが可能となる。
 本書のタイトルも原題を素直に訳すならば「細胞生物学者の歩んだ道」となると思われるのに,日本語版ではなぜか「細胞生物物理学者への道」と変更されている。なお,井上先生は本誌2010年7月号および8月号の「私の発言」に登場しておられ,その内容は本書にも反映されている。また研究上での主著には
・Shinya Inoue, Kenneth R. Spring:ビデオ顕微 その基礎と活用法(共立出版,2001)
がある。さらにまた本書に関心を持たれた方には下記の書がさらなる逸話が含まれていて大いに楽しめる:
・團勝磨:ウニと語る―激動の時代 自然を友としたある生物学者の生涯(学会出版センター 増補版,1987)
・加藤恭子:渚の唄 ある女流生物学者の生涯(講談社,1980)
 いずれにせよ,本書は非常に刺激を受ける物語であって,ご自分の専門分野やテーマに関係なく,広く研究に携わる皆さまにぜひお読みただきたい一冊となっている。

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